(カレーおじや。安いミントの苗を買って来て、もう大きい部分を切って乗せた。大葉感覚)
モラハラの彼と、別れたと思ったらそうじゃなく、アンコール修行または修行のおかわり中の私。
あれから、私からは連絡していないのだが、彼からはたまに連絡が来る。
そこで、今までにないような内容をもらった。
「今日は雨が降るみたいだよ」。
私は、自分と話し合って、友人にも相談して、彼のことは変に無視はしないで、人としてきちんと接しようと決めていた。
なので、「もうやんだみたい。教えてくれてありがとう」と返した。
今まで、「雨が降るみたい」なんて、何でもないこと、送ってきたことあったっけ?
まるで、今まで私が彼に送っていたメールのようだ。
そして私は、彼に連絡しないことが淋しくなくなっている。
私の中のニュー彼に、よく語りかけている。
ところで私は、自分のウニヒピリを、彼に見立てて話しかけると、何か摑めるなあと思っていたところだった。
ウニヒピリは、ウニヒピリがクリーニングするのはこれだ!という記憶を私に見せるけど、それが辛いと私はウニヒピリに文句を言ってしまっていて、ウニヒピリは傷ついていることが多いらしい。
だから優しく話しかけることが大事で、こっちの思い通りになんて出来ない、思い通りに行かせたいから、ともかくクリーニングの言葉を唱えるというのは、ウニヒピリにも迷惑なのだと言う。
あれ?それって、私と彼の関係と似ているのでは?と思った。
今は、彼がコンタクトして来てくれたら、たいていありがとうと言っている(コンタクトの回数じたい、とても少ないが)。
私は、彼の思うタイミングで連絡が来るまで、特に気にならず過ごしている。
だから、ウニヒピリに優しくすることが、彼に優しくすることに、どこかでつながっているんじゃないかと思っている。
私の中で、そのことは、確信に近い。
それで、未来のニュー彼(想像)が降りてきて、彼に日々あったこと、楽しいことを話しかけているのだけど、このニュー彼というのは、私自身なのではないかな?と思っている。
私は、私自身と、あまり話して来なかったのだろうか?
そうかもしれない。
彼と別れようと思えた時、執着が落ちたと思った。
執着なしで、大切な彼を愛した時、私にどんな世界が見えるのだろう。
昨日は新月だった。
長年使った折りたたみ傘が壊れた。
好きなカフェに寄って、たっぷりアファメーションした。
少し、あたらしい私。
アンコール修行は、やはり、ひとつ修行が終わったから来たのかもしれない。
良い、明日にしよう。
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